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30代の働き方

「働く」意味とは|語源から考える本当の「働き方改革」

サラリーマンブロガーのヨシヒロです。こんにちは。

 

先日、ネットのある記事でこんな言葉を目にしました。

 

「働く」とは他者を楽にすること

NIKKEI STYLEの記事より引用)

 

この記事の中で、「働く」の語源についてこんな風に触れられています。

 

諸説ありますが、「働く」の語源は「傍(はた)を楽にする」だともいわれています。「はた」というのは他者のことです。他者の負担を軽くしてあげる、楽にしてあげる、というのがもともとの「働く」の意味だったんです。

NIKKEI STYLEの記事より引用)

 

「働く」という言葉は私たちの生活の中で日常的に使われていますが、その語源を考えたことはありませんでした。でも、「自分は何のために働いているのか・・・」ということを最近よく考えてしまいます。

 

私はこの記事の執筆時点で32歳ですが、この年代は社会に出て10年前後という世代かと思います。もちろん人によって程度の差はあれど、「何のために働くのか」という疑問、あるいは焦りのような、何とも言えないモヤモヤした気持ちになったことが一度や二度あるのではないかと思います。

 

私もそんなモヤモヤを抱えながらサラリーマンをやっている身ですが、今回は私なりに「働く」ことについて、とことん考えてみた結果を吐き出したいと思います。

 

この記事の内容が「働く」意味を正確に捉え、表現できているとは思っていません。そもそも正解のない問題ですから読んでくれる人によって捉え方は様々だと思いますが、もしあなたもモヤモヤを抱えているとしたら、そんな気持ちを整理するために少しでも役立てれば嬉しく思います。

 

「働く」の語源について

「働く」という言葉の語源をちょっとだけ調べてみました。先ほどの「傍を楽にする」というのが私の感覚にはとてもしっくりきたのでこれを採用したいところですが(笑)、他にはこんな風にも書かれています。

 

はた(傍)をらく(楽)にするからという説が広まっているが、これは言葉遊びで語源ではない。働くの語源は「はためく」と同様に、擬態語の動詞化であろう。本来は、止まっていたものが急に動くことを表し、そこから体を動かす意味となった。労働の意味で用いられるのは鎌倉時代からで、この意味を表すために「人」と「動」を合わせて「働」という国字が作られた。

語源由来辞典より引用)

 

「働く」の語源を厳密に定義すると、「傍を楽にする」というのは間違っているのかもしれませんが、この解釈はGoogle検索でもたくさん上位に出てきます。Google検索が絶対正しいとは言いませんが、ある程度世間に浸透している解釈なのかなと捉えることもできますね。

 

「傍を楽にする」ことを定義する

「働く」ことは「傍を楽にする」ことだというのが(個人的には)腑に落ちたところで、自分なりに「傍を楽にすること」を定義してみようと思います。

 

 

「傍(はた)」という字は、「そば」とか「かたわら」という読み方もあります。「いつもあなたの傍(そば)にいるよ」とか、「傍(かたわ)らであなたを支えます!」なんて使い方がありますね。つまり、「傍(はた)」とは、自分以外の他者や、他者に対する距離感みたいなのをはかる言葉かなと感じます。

 

 

「楽(らく)」という字は、「たのしい」という読み方もあるように、ポジティブな、明るい感情を含んでいるイメージです。一方「苦楽を共にする」のような使い方があるように、「苦」の反対にあるものという捉え方もできます。「苦」とは、辛い、苦い、不幸、楽しくない・・・のような言葉で表されることかと思います。

 

「傍」も「楽」も、ここで説明したのは、あくまで私の個人的な解釈であり、イメージです。

 

「傍」はどこ(だれ)か

では、「傍(はた)」とは誰のことなのか。その「傍」との具体的な距離感はどんな感じなのか・・・ということを考えてみます。「働くとは、傍を楽にすることだ」と考えたとき、これを自分なりに定義することが、自分の「働くこと」に対する想いや姿勢を直視することになります。

 

つまり、自分は誰を楽にしたいのか、その人はどこにいるのか、自分とどんな関係にある人なのか・・・そういったことを考えるわけですね。

 

例えば自分が料理人なら、「傍」にあたるのは食事を食べにきてくれるお客さんでしょうし、同じ料理人でも仕出し弁当屋さんだったら、「傍」にあたるのは配達先の御宅で待っているお客さんかもしれません。

 

料理人と言ってもまだまだ見習いでレストランの皿洗いを担当しているとしたら、「傍」の存在も変わってくるかもしれません。例えば、食事に来てくれるお客様に気持ちよく食事してもらうためにお皿をピカピカにしようと思う人もいれば、料理人が最大限の能力を発揮して美味しい食事を作れるように、皿洗いを通じて支援しようと思う人もいるかもしれません。

 

前者の「傍」は食事に来てくれるお客様ですし、後者の「傍」は料理人になりますね。どちらが良い悪いではなく、自分で「自分の傍とは誰なのか」をどう定義するのか、それを考えることが重要なポイントだと思います。

 

「傍」の存在は自分のスキルや経験の積み重ねと共に変わっていくものでしょう。またまた料理人の例で言うと、最初は皿洗いとして、とにかく料理長のために働く。そして次第に、「お客様のために綺麗なお皿を提供する」というマインドに変わっていく・・・

 

そんな自分の中の変化を捉えて、今の自分にとっての「傍」を常に見失わないこと。これが大事なことかな。料理人を例に説明しましたが、他のどんな職業でも同じことだと思います。

 

「楽」とは何か

それでは次に、「楽(らく)」について掘り下げて考えてみます。「楽にする」とは、様々な方法がありそうです。楽しませる、笑わせる、文字通り楽にしてあげる・・・また逆の視点から見ると、苦痛を取り除いてあげる、苦しみを和らげる、代わりにやってあげる・・・というように様々な方法がありそうです。

 

ディズニーランドのキャストなら来園者を楽しませること、お笑い芸人なら腹の底から笑わせること、医者だったら病気を治して症状を和らげてあげること・・・そんな感じです。

 

これも料理人を例にして説明してみますが、「傍」を考えた時と同じように、どんな職業にも言い換えられることですので、ぜひあなたの職業に置き換えて考えてみてほしいと思います。

 

Free-Photos / Pixabay

 

一口に料理人と言っても、皿洗い担当の見習い料理人からレストランの料理長まで、その役割は様々ですね。皿洗いには皿洗いの、料理長には料理長の「楽にする」方法があります。

 

皿洗い担当は文字通り皿を洗うことが自分の働きですので、皿を洗って料理長の負担を減らすというのがひとつの「楽にする」手段です。

 

また、こんな考え方もあるかもしれません。皿洗い担当はお客様からの料理に対する評価を集計して料理長に伝え、料理の改善に貢献することが、ひいてはお客様を楽しませることになる。

 

これはつまり、皿洗い担当はお客様の食べ残しがあったのか、完食されたのか、それを見ることができます。あのお客様にこの付け合せ野菜は合わなかったんだ・・・じゃぁもし次来られたら違う付け合わせを提案してみよう、となります。

 

まぁ実際のところ、そんな個別対応が行き届くレストランはほとんど無いでしょうし、あったとしても超高級レストランかもしれません。

 

言いたいことは、「楽にする」手段は色々あるということ、そして誰(傍)を楽にするのかによって変わってくる、ということです。

 

これも、自分にとっての「傍」を明確にしたのと同じように、どんな手段で楽にしようか、自分はどんな方法で取り組むことができるかを明確に定義できれば、それがそのまま、あなたののやるべきことになりますね。

 

自分が本当の意味で「働く」ために

比較的大きな企業でサラリーマンをやっていると、本当の意味の「働くこと」がどんどん見えなくなっていく気がします。「お客様のために」と言いつつも、来週の部長報告会のための資料を作り、自分いらないんじゃない?と思う会議に参加したり・・・

 

または、お客様に商品を届けて現状より豊かな生活を送ってもらうようにするのが目的のはずが、いつの間にか売り上げの数字を達成することが目的になっていたり・・・

 

「サラリーマンなんてそんなもんだ」と諦めた口調で諭してくる上司や同僚がいると、それだけでモチベーションが下がってしまう。そんなこと、ありませんか?

 

モチベーションが上がらない、元気がない状態で働いていても、いい仕事はできません。気持ちよく、楽しく働けてこそいい仕事になります。

 

最近バズワードになっている「働き方改革」にしても、上司から「残業減らせ、でも成果増やせ。」と言われて気持ちが沈んでいるサラリーマンも多いでしょう。

 

「働き方改革」はいっそのこと「傍楽き(はたらき)方改革」と改めて、残業時間やテレワークどうこうと言う話より、本当の意味の働き方を考え直してみるのがいいかもしれないと思った今日この頃です。

 

これから私自身の「傍」と「楽」もしっかり明確化して、モチベーションを上げていきたいと思います!

 

他愛のない記事を最後まで読んでいただきありがとうございました。